【 conte3:紅魔館 食堂/少女達の場景 】
「魔理沙さん、何を頂かれます?」
「ああ、あんまり、消化に悪い物はやめておく。
朝から何も食べてなかったから、いきなり食うと胃がびっくりしてしまう」
「そうですか。では、腸詰のスープは如何ですか?」
「ああ、其れを頼む」
分かりましたと元気良く返事をして、長テーブルの横に置かれた寸胴鍋からスープ皿に中身を写すと、
クロワッサンを添えて、席に着いた魔理沙の前に出された。
赤黒い底の見えないスープ、
不自然に赤黒いソーセージからは、
酸味を帯びた匂いが立ち上り、ざりとした嘔吐感が喉の奥へとこみ上げてきていた。
視線だけで皆を見ると、特に何も考えている風はなく、宴会で見る、いつも通りに各々が勝手に食事をしていた。
美鈴は只、テーブルの横に立ち、時折レミリアやパチュリーが指定した料理を盛り付けては、席の前に出す。
其れだけを繰り返している。
少しばかりの違和感。其の所以は知れない。
深く考えるよりも先に、料理をとっとと食べて、早く此処から出てしまおうと云う気持ちの方が先に来ていた。
目の前で湯気を吐き出すスープへと銀の匙を落とし、一口分掬い出す。
こうと香る、何処かべたついた匂いは、お世辞にも美味しそうとは思えない。
恐る恐る口に入れると、舌の上がびりと痺れる様な味が広がっていく。
全体的に、酸味が強く、其れを誤魔化す気も無いのか、香草の類と混ざり合って、一種独特の風味を醸し出していた。
不味い、ではない。
体が、何かを拒否している、そんな味だった。
無理に飲み込むと食道を伝って胃へと落ちる、其の軌跡が感じられる程で。
二口目へと手に出そうと、もう一度匙を浸しても、掬い上げる気にならない。
スープの上に浮いた、サイコロ状に刻まれた玉葱とセロリ、薄く刻まれたキャベツを弄びながら、
何とかもう一口を口に流し込む。
「お口に合いませんでしたか?」
心配そうに美鈴が顔を覗き込む。
「いや、急に食べたんで、あんまり食欲がないだけだ」
「そう、ですか。其れなら良いんですが。
お嬢様達の好みに味付けしているんで、人間では余り美味しくは無いかもしれないと思いまして」
「何か、違いがあるのか?」
「ええ、基本的に皆さん、素材の持っている癖をそのままにしないと怒るんですよ。
やはり、物が物ですし、中々、薄味がお好みの方にはきついかなと」
「物が物?」
「ええ」
僅かな疑問を残しながら、ナイフとフォークで太く長く作られたソーセージを一口分に切り分けると口の中へと放り込む。
ぶつと妙に頼りない歯ごたえの肉を噛み締めると、
ミントとバジルの香りでも消し切れない肉の持つ臭みがじっとりと鼻の奥へと広がっていく。
スープよりも、肉が固形の場合は、いっそう癖が強くなる様だった。
二口で噛み切り、飲み込むと、其れ以上、口にする気は無かった。
「なぁ、美鈴」
「なんでしょうか」
「なんか、もう少し癖の弱い物は無いか?」
「うーん、そうですね。ああ、このガーリックバター炒めなんてどうですか?」
「……大蒜なんて使って大丈夫なのか?」
「パチュリー様のご希望でしたので」
「そうか」
小皿に、薄緑色の炒め物を盛り付けると、スープ皿を少し避けて、代わりに取ったばかりの皿を置いた。
漂うのは大蒜の匂いが強く、あの肉の匂いは何処にもしない。
茸と玉葱、後、形状の知れない肉を千切ったクロワッサンの上に乗せると、そのまま零れない様に口にした。
くちゃとバジルと大蒜、バターの香りが先だって、肉の匂いはあまり感じない。
只、油っぽい所為か、食べ過ぎれば胸焼けしような気分になっていた。くちゃと噛み砕く。
其の時に、肉を噛んだ時、言い知れない痺れる様な、あの酸味が立ち上ってくる。
先程よりも尚濃いエグ味。
ぎゅると胃液がひっくり返りそうになるのを、何とか抑えながらも、クロワッサンで飲み下した。
「何か、飲む物をくれないか?」
「アルコールですか?」
「否、水で良い」
ことりとグラスに注がれた透明な液体を口にする。
何の変哲もない、唯の水だったが、今口にした物の中で一番まともな味がしていた。
其処で、違和感の正体に気づいていた。
「なぁ、レミリア」
「何かしら?」
「あいつは如何したんだ?」
「あいつ?」
「咲夜だよ。いつもだったら、あいつの役目だろ、これは」
美鈴を見上げながら、そう呟くと、館の主はきょとんとした顔をしていた。
「何を言っている? 咲夜なら居るじゃない」
「は? 何処にだ?」
「其処に」
指差したのは、魔理沙の手元に置かれた皿だった。
「は?」
「だから、其処に居るじゃない咲夜は。
貴方が今食べたのは、咲夜の肺で作ったガーリックバター炒めよ」
一瞬、何を言われているのかが、理解出来なかった。
「貴方が最初に食べたのは、咲夜で取ったフォンで作ったスープよ。腸詰は、何だったかしら?」
「ああ、其れは咲夜さんの小腸と脳髄で作った腸詰の燻製です」
戻