【 conte2:紅魔館 大図書館/人形遣いの場景 】

其処に広がっていたのは、床一面に撒き散らされた金の百合と銀の薔薇。 そして、無数に並ぶ矩形の硝子で出来た箱。 かつて本棚が収まっていた場所全てが縁を奇怪な模様が刻まれた銀朱の枠で囲われた箱に置き換わっていた。 悠然と花弁の上を歩きながら、箱の中を横目で覗き込む。 其処に眠る物。 其れは全てたった一人の少女だった。 眠ったきり、緋色のドレスを其の身に纏い、立ち尽くすかの様に収まっていた。 箱と身体の隙間、其処には同じく金色の百合と銀色の薔薇が埋め尽くされて、 まるで、人形遣いはぼんやりと思った、硝子の棺だと。 一つの箱の前で、アリスは立ち止まる。 見れば、全ての箱に納まっている少女の姿は皆同じ物の様に思えた。 白樺の様に細い体躯、どの色ともつかない色の長い髪を腰まで伸ばして、花弁の中へと先を埋めていた。 顔。 傷一つ無く、眠り続けているばかりの姿。 其の顔を、何処かで見た事があると。 例えるならば、傍若無人で尊大な態度を取り続ける吸血鬼、 地下で静かに気が触れながら何もかもを壊したがる幼い少女、 怠惰と倦怠ばかりを噛み締めてぼんやりと立ち尽くす門番、 夜の王に傅く従順なメイド、 一日ひがな黴臭い本の香りに囲まれながら悠然と座る魔女。 其の全てに似ていて、そして、其の全てとは似つかわしくない。 喉の奥が厭に痛む。 ちくと棘の珠を飲み込んでしまった様な、浅い痛み。 喉を?し抑えながら、箱の前を立ち去った。 歩けども、場景に変化はなかった。 唯、同じ装丁の、同じ大きさの、同じ少女が収まった、同じ硝子の棺ばかりが並び続ける。 一枚の写真を幾枚も複製し、貼り合せただけにも思える景色にうんざりしながらも、奥へと歩き続けていた。 不意に、視界が開けた。 其処だけは箱が無く、円形に広がっている。 そして、其の真ん中には一体の人形が立ち尽くしていた。 人形。恐らくは、人形なのだろう。 唯、其の人形には首が無かった。代わりにあるのは鳥籠だけ。 近づいてみると、人形の目の前には一脚の椅子が置いてあった。 向かい合う様に。 アリスは、椅子に座り、足を組みながら、腕を組む。 頬杖を突きながら、じっと見つめた。 其の人形の下半身を見る事は出来ない。 何故ならば、腰から下はクリノリンの枠組みだけが嵌められていた。 荒い格子の中。其処には無数の生首が犇めく様に詰まっている。 隙間無く、間断無く。 其れでも空いた隙間には黒い茨がみしりと生え揃う。 違和感。 首の一つ一つにある違和感。 其れは、彼等には瞳が無かった。 本来は眼球が存在しなければならない場所、 其処にはばらばらになった白い苧環の花が詰め込まれている。 首の一つ一つ、其の全てに。 人形の腹はまるで妊娠してでも居るかの様に膨れていた。 けれど、クリノリンの嵌め環から臍に掛けて、縦に裂け、肥大した女性器の様な形の瑕が走っていた。 人形の中身、其処には無数の眼球が詰めこまれていた。 全ての虹彩の色は異なり、僅かな色彩の差異を考慮すると、何一つとして同じ色が無かった。 ころと時折、眼球は地面に落ち、けれども決してなくなる事は無いのだろうと、そう思った。 人形の両腕は天井へと向けて、掲げられていた。 開かれた右手の上には、古ぼけた砂時計。 紅い砂が止め処無く落ち続けていた。 開かれた左手の上、其処には一つの生首が置かれていた。 長い、紅緋の髪。目を閉じたきりの顔を、アリスは知っていた。 確か、この図書館に住まう、魔女の使い魔。 名前は、一度も聞いた事は無かったが、存在だけは。 人形の首。 鳥籠の首の中には一匹の黒い兎が死んでいた。 半分腐敗し、骨も露わになっている。 何時からなのか、既になのか。 「私達は一件を探している」 不意に耳の奥に声が響く。 アリスは少し片眉を顰め、視線だけで辺りを伺う。 あるのは無数の少女が眠る箱。 そして、目の前にある奇怪な人形だけ。 「一件は遂行されなければならない。其れは虚無を開拓する事」 アリスは組んだ脚の上に指を合わせ、じっと人形を見つめていた。 「其れは此の世で最も無意味な行為だ。 さぁ、始めようか、終わろうか、 この空しい男の恋物語を、 あるいは面白く終わる様な、 いっそつまらなく終わるような、 そんな、 無意味で、 無意義で、 無価値で、 無感動な、 無為の人形芝居の一幕を」